life story

許せない自分

saki777

あなたには、消してしまいたいような「過去」はありますか?

ここ数年「もう二度としない」と自分の中で決まっていたことを、再びやろうかな?と思う自分がいました。
あんなに嫌だったことなのに、気持ちが変わっていくのが自分でも不思議だったのです。


しかし、そのことが進んでいくにつれて、久しぶりに私の「思い出したくない」という過去のシーンがたくさん蘇ってきました。

進んでいくにつれてあの時のことが鮮明に蘇っていくことに不快感を感じたりもしていたのですが、良いタイミングでまたひとつ片付けることができたのだなと思いました。

今になって思うのは、私がそのことを「二度としない」と決めたのは、そのことが嫌だったのではなく、そのことに触れると思い出す「許せない自分」のことが嫌だったのです。


あの時の自分を許せなくて、
あの時の自分を思い出したくなくて、
私はずっと、そこから遠ざかっていたんだな。

そう思うと同時に、

「それも全て、自分の事実」と目を背けずに受け入れると、モヤがかかった場所に光が刺すように明るくなっていくのを感じました。


“私たちは、人間として良い人でありたい。”
そんな欲求を抱いている生き物なのでしょう。

だからこそ、自分の行いが「良い人」というレッテルから外れることを恐れるし、
良い人でありたいがために「許せないこと」を生み出してしまうこともあります。


思い出したくないようなこと
苦い、悲しい、苦しい、悲しい、辛い。
そんな感情も、「そこにいることを許す」という光の当て方が、私は好きです。

乗り越える、忘れる、なかったことにする、気にしない。
いろいろな方法があるけれど、「それ」も私にあったことであり、そこにあったという事実は消すことができないものです。


「そこにある」という事実をまるごと受け入れて、ただそっと光を当てる。
それだけで良いんです。

「もうあんなことがないように」
「昔のようにはなりたくない」

反面教師的に反対の行動を作っていくことは、より影を強めることも。
「もうあんなふうになりたくない」と反動で動くことは、自分のことを否定しているようなものです。


それも私。
これも私。

過去、現在、未来。
全ての私が同時に存在していて良いのです。


未熟な私も、俯瞰している私も、その先の違った私も。

     
もし、許せない自分・許せない人・許せない過去・許せない出来事があるならば、
「それも私の人生で起きたひとつの事実」ということに、そっと光を当ててみてください。

肯定も否定もしなくて良い。
そんなことがあった。とそのまま見つめるだけで良い。

そのあと、「どうしていきたい?」を自分に問うことができれば、それで良いのです。

私にとって「許す」ということは、忘れるということではなく。
そのことを事実としてそっとしておいたまま、「自分はどうしたいか?」にフォーカスしていくだけです。

そうすれば、悲しみや、怒りや、苦しみに向いていたフォーカスが、すっと自分の内に向いていきます。
そうなった頃、もう「過去」は穏やかな凪のようになっているはずです。

その凪のようなあなたが、微笑みながら優しい眼差しで「許せない自分」を抱きしめてあげられますように。

forgiveness…
握りしめていたものを手放していくことは、自分を許すことと同じ。
と、私は思っています。

ABOUT ME
記事URLをコピーしました