生きているうちに昇華できなくても

仕事から帰ると突然パートナーが、「お墓参りに行きたくて有給を取ってきた!」というので急遽夜に北陸に向けて出発。
お彼岸のタイミングでお墓参りに行ってきました。

彼のおばあちゃんは何年も前に亡くなっており、私はあったことがありません。
一度写真で見たことがあるだけ…なのですが、なぜかこのおばあちゃんのお墓に行くと毎回不思議なことが起こります。
初めておばあちゃんのお墓に行ったのは、4年ほど前。
その時になんとなくお墓の場所をイメージで記憶していたのですが、その1年後再びお墓参りに行くときに彼も覚えていないお墓の場所を「こっちだよ」と教えられるほど私はその場所を感覚的に覚えている(知っている)ような感覚になっていました。
このおばあちゃんのお墓参りには、いろいろな背景があります。
簡単に言うと、彼はおばあちゃんが生きているうちに「解決できなかったこと」があり、ずっと未完了の感情のようなものを持ち続けていました。
そんな中で3年前のお墓参り。
同行した私がお墓の前で手を合わせると、突然身体中に込み上げるものがあり、大粒の涙がボロボロ落ちてきたのです!
お墓に手を合わせた瞬間、「来てくれたのね!」と驚くようなおばあちゃんの喜びのエネルギーを感じました。
感極まって泣いていて、その瞬間は言葉にできなかったのですが、おばあちゃんは孫がお墓参りにきたことをとっても喜んでいたのです!
「おばあちゃん、とっても喜んでいるよ!」と伝えると、「なんか呼ばれている気がしたんだ」と彼。
喜びと共に、おばあちゃんから生きているうちに言えなかった「会いたかった」という強い気持ちが伝わってきて、そのままを彼に伝えました。
生きているうちには拗れて素直に言えないことって、ありませんか?
身近な人ほど、亡くなった後に「こうしたらよかった…」と後悔することも。
後悔しないように生きる!のも大切。
だけど、私は今まで亡くなった人との関係性は現世を生きながらでも変えることができるということを目の当たりにしてきました。
実際に3年前、おばあちゃんが「会いたかった」と言っていると彼に伝えた時、彼の中で終わっていなかった感情が昇華されていったのだと思います。
どこが「苦い思い出」や「辛い記憶」だったことが、優しい気持ちや感謝の気持ちのようなエネルギーに変わっていくのを感じました。
面白いもので、家系のそういうものは、家族の1人が変化していくと紐づいて家系全体で変化していったり、身近な人にも変化が訪れたりもします。
許せなかったことを「許そう」と思えるようになったり、嫌だった記憶が感謝に変わっていったり。

そんな変化があった3年間。
おばあちゃんに会いに「お墓参りに行く」ということが自然に増えました。
そして今回。
「おばあちゃんに呼ばれている気がする」と。
今回も同行してお墓の前で手を合わせると、やはりあの感覚が!!!!
なぜなのでしょう。
ここで手を合わせると、涙がボロボロ流れてきて、おばあちゃんのエネルギーを感じるのです( ゚д゚)
今回おばあちゃんは、こんなことをメッセージとして伝えてくれました。
身体に気を付けること。
健康が1番。
他に望むことはもう何もない。
とにかく体を大切に…
おばあちゃんには生前、
こうして欲しい
こうなって欲しい
という想いがたくさんありました。
その想い通りにならなかった家族との間で、関係が拗れてしまったり、大変だったこともあったようです。
でも、そんなおばあちゃんが「もう望むことは何もない。ただ元気で生きていてくれれば。大切にしなければいけないのは、体だよ」というようなことを伝えてきてくれました。
亡くなった方のそういうメッセージを感じる時に本当に不思議なのは、生きている時にはいろいろなものに執着して見えなかったものが見えるようになっているということです。
こうなって欲しい
思い通りになって欲しい
こうであって欲しい
生きている時に思っていたことを、亡くなってから手放していったようです…
(おばあちゃんもあちらの世界で努力したそうです)
苦しめていたのは、生きている時に握りしめていたその「こうであって欲しい」という強い想い。
そこから解き放たれて、「元気でいてくれるのが1番」と言えるようになったのは、おばあちゃんと彼が自分の人生において必要であることに真摯に向き合ってきたからなのです。
現世を生きる彼が、自分と向き合い、今は現世に生きていないおばあちゃんとの関係性を結び直すと、不思議なことに生きている時に昇華できなかったわだかまりもなくなっていきます。
生きているうちに昇華できないことも、自分の人生と向き合っていけば変えることはできます。
できることならば、生きているうちに改善できたら良いかもしれないけれど、「現世で生きているうちは手放せなかったもの」も、あるのかもしれません。
でもそれも含めて、きっと自分と向き合う中で意味のあることなのかなと思います。
不思議なことに、「お墓参りに行きたい」「呼ばれている気がする」というのはいつも彼なのですが、お墓の前で手を合わせるとおばあちゃんのエネルギーを感じるのはいつも私…。
ひとしきり泣いた後、通訳のようにおばあちゃんの代弁をするのがお墓参りの同行のお決まりになっています(^-^;
自分の亡くなったおじいちゃんとも対話していた時期があるのですが、生きているうちに言えなかった素直な気持ちを伝えてきてくれることが多いです。
そういうメッセージを伝えていて思うのは、生きているとその純粋な気持ちが見えなくなってしまうものだよねということ。
生きているうちに気づいていけたらそれはそれで良いのかもしれないけど、現世から抜けてみて気づくこともやっぱりあるんだろうな〜。
おばあちゃんが3年前よりも純度が高いエネルギーになっていて、やっぱり縁のある者たちは連動して成長していってるんだなぁ…と人生の壮大さを感じました(*´꒳`*)
(私だって頑張ったのよ!と成長がちょっと誇らしそうだった可愛い一面のおばあちゃん( ´∀`))
そんなちょっと不思議な体験ですが、どこかの誰かや、何かのきっかけになれば☆
